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WMシステムから4-3-3まで——サッカー戦術フォーメーションの歴史、最大の転換点はどこか?

2026.08.30

「4-3-3」「4-4-2」といった数字の並びは、現代サッカーファンには当たり前のように見えるが、そもそもなぜこの表記が生まれ、どう進化してきたのだろうか。本記事では、19世紀の原始的な布陣から現代の主流フォーメーションまで、サッカー戦術の歴史的な変遷を時系列で整理する。本記事の情報は執筆時点のものに基づいており、戦術トレンドは日々変化している点をあらかじめご了承いただきたい。


歴史的フォーメーション一覧——サッカー戦術の進化年表

① 1–1–8 / 1–2–7(19世紀初期)

  • 時代: 19世紀・サッカー黎明期
  • 1872年11月30日に行われたスコットランド対イングランドの第1回国際試合で、イングランドは7〜8人を攻撃に並べた。当時は守備という概念がほぼなく、個人のドリブル技術で前進し、進めなくなったらボールを蹴り出すだけという原始的なスタイルだった。

② 2–3–5(ピラミッド)――1880年代〜1930年代

  • 時代: 19世紀末〜20世紀初頭
  • 「ピラミッド」とも呼ばれる最初の体系的フォーメーション。1880年代に記録され、1890年代にはイングランドの標準布陣となり世界中へ広まった。センターハーフが攻守の要を担い、ウルグアイはこの布陣で1924年・1928年のオリンピックと1930年のワールドカップを制覇している。

③ メトード(2–3–2–3)――1930年代

  • 時代: 1930年代
  • イタリア代表監督ヴィットリオ・ポッツォが考案した変形ピラミッド。2–3–5の前線から2人を引き下げ、中盤を厚くした。イタリアはこのシステムで1934年・1938年の2大会連続ワールドカップ優勝を果たした。後のペップ・グアルディオラのバルセロナやバイエルン・ミュンヘンも現代版として用いたと論じる識者もいる。

④ WMシステム(3–2–2–3)――1920年代〜1950年代

  • 時代: 1920年代半ば〜
  • アーセナルの監督ハーバート・チャップマンが、1925年のオフサイドルール改正への対抗策として考案。攻撃陣がW字、守備陣がM字を描くことから「WM」と命名された。センターバックを新設して相手センターフォワードを封じる仕組みで、1930年代後半にはほとんどのイングランドクラブが採用。アレックス・ジェームズというプレーメーカーを中心に機能したアーセナルは、この戦術を最も効果的に体現したチームとされる。西ドイツも1954年ワールドカップでこの布陣を使用した。

⑤ WWシステム(3–2–3–2)――1950年代初頭

  • 時代: 1950年代初頭
  • ハンガリーのマルトン・ブコビが開発。WMのM字部分を逆さまにしてW字に変換した形。センターフォワードを引き下げてプレーメーカーとして機能させる発想で、ブコビの同国人グスタフ・セベシュがハンガリー黄金世代(1950年代初頭)を率いる際にも活用した。WMから4–2–4への「遺伝的なつながり」を担う布陣とも評される。

⑥ 3–3–4――1950年代〜1960年代初頭

  • 時代: 1950年代〜1960年代初頭
  • WWシステムに近いが、インサイドフォワードを中盤スキーマーとして配置する点が特徴。1961年にリーグ&FAカップの二冠を達成したトッテナム・ホットスパーが、ダニー・ブランチフラワー、ジョン・ホワイト、デイブ・マッカイという中盤3枚を擁してこの布陣を体現した名チームとして知られる。

⑦ 4–2–4――1950年代後半〜

  • 時代: 1950年代後半〜
  • フォーメーションを数字で表した最初のシステム。ブラジル代表のフラヴィオ・コスタとハンガリーのベーラ・グットマンが独立して開発し、ブラジルで完成された。4人の守備者と4人の攻撃者を確保しながら、2人の中盤が攻守双方をこなす仕組み。ブラジルは1958年・1970年のワールドカップでこの布陣を用い、ペレとマリオ・ザガロという名前がその輝かしい歴史を彩る。

現代フォーメーション一覧——現在も使われる主要布陣

⑧ 4–4–2――1990年代〜2000年代の主流

  • 時代: 1990年代〜2000年代(現在も使用)
  • 1990年代から2000年代初頭にかけて世界で最も広く使われたフォーメーション。アリゴ・サッキとファビオ・カペッロが率いたACミランが欧州カップを3度制するなど、この布陣を象徴するチームとして名を刻む。ただし2010年以降、中盤の数的不利を突かれやすいとして、最高峰での使用は減少傾向にある。一方でディエゴ・シメオネのアトレティコ・マドリードやクラウディオ・ラニエリのレスター・シティなど、戦術的復権の例も見られる。

⑨ 4–3–3――現代の最主流フォーメーション

  • 時代: 現代(特に2010年代〜)
  • 攻守のバランスに優れ、ハイプレスと幅のある攻撃を両立できる現代の定番。プレミアリーグでは、ミケル・アルテタのアーセナル(ブカヨ・サカらのウイング活用が特徴的)やユルゲン・クロップ時代のリバプールが代表例として挙げられる。また、ペップ・グアルディオラ、ジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、ルイス・エンリケといった現代の名将たちも、キャリアのある局面でこの布陣を採用してきた。

⑩ 4–2–3–1――2010年代の流行

  • 時代: 2000年代後半〜2010年代
  • ダブルボランチで中盤の守備を安定させながら、前線の3人が自由に崩す設計。2010年ワールドカップでドイツが4–2–3–1でイングランドを下したことで注目を集め、イングランド代表監督のカペッロが「時代遅れ」と批判を浴びる一因にもなった。

⑪ 4–4–2ダイヤモンド(4–1–2–1–2)――コンパクトな変形布陣

  • 時代: 1990年代後半〜
  • 4–4–2の変形で、4人の中盤がひし形を形成。守備的MF1枚が最底辺に位置し、攻撃的MFが頂点に立つ。中央の数的優位を生み出しやすい半面、サイドのスペース管理が課題となる。

編集部の見解

サッカーのフォーメーション史を俯瞰すると、大きな変化の多くがルール改正や対戦相手への戦術的反応から生まれてきた点が興味深い。WMシステムはオフサイドルールの変更への適応として誕生し、4–2–4はWMの硬直性への反発として生まれた。19世紀の1–1–8という極端な攻撃偏重から、現代の4–3–3のような攻守バランスを重視する構造へ、サッカーは約150年かけて「全員攻撃」から「全員守備+全員攻撃」のフットボールへと進化してきた。

また、もう一つの重要な潮流として「数字表記の複雑化」がある。4–2–4の時代に初めて数字での記述が生まれたが、現代では4–2–3–1や4–1–2–1–2のように4〜5ブロックで細分化して表現されるケースが増えている。これは選手の役割がより専門化・流動化し、単純な「ライン」では戦術の実態を捉えきれなくなっていることを示している。4–3–3が「今も最も主流」でありながら、実際のプレーではその内実が監督ごとに大きく異なるのも、フォーメーションという概念の限界と奥深さを同時に物語っている。


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編集長 · 戦術担当