プレミアリーグを揺るがす大問題が勃発した。マンチェスター・ダービーでハーランドの決勝ゴールを認めたVARの判定ミスについて、審判組織「プロ・レフ」のハワード・ウェッブ最高責任者が公式の場で誤りを認め、その内幕を詳細に説明した。マンチェスター・ユナイテッドが被害者となったこの判定は、VARシステムそのものへの信頼を揺るがす深刻な問題として注目を集めている。
マンチェスター・ダービー VAR判定ミスの全貌

David Dixon / Wikimedia Commons (CC BY-SA 2.0)
問題の核心: エルリング・ハーランドの決勝ゴールにおけるエンツォ・フェルナンデスのオフサイド見逃し
対応: VAR担当のマット・ドノヒューとブレイク・アントロバスが今週末のプレミアリーグ担当から外される
マンチェスター・シティのハーランドは試合60分にオールド・トラッフォードでヨシュコ・グバルディオルのクロスからバックポストを決め、決勝点を挙げた。当初はオフサイドで取り消されたが、VARのチェックによってハーランドはパトリック・ドルグのブーツによってオンサイドと判定され、ゴールが認められた。(BBC Sport)
しかし即座に問題が明らかになった。中央でダイビングヘッドを試みたエンツォ・フェルナンデスがオフサイドポジションにいたことをVARが一切確認していなかったのだ。プロ・レフは声明で「フェルナンデスがボールに触れていないためオフサイドは主観的な判断が必要な状況だった。しかしこの場面でVARは彼のポジションが与えうる影響を認識せず、オンフィールド・レビューを勧告すべきだった」と認めた。(BBC Sport)
「マッチ・オフィシャルズ・マイクド・アップ」で公開された音声
今季初回となる「マッチ・オフィシャルズ・マイクド・アップ」の音声でウェッブはこの経緯を詳細に説明した。公開されたVAR交信記録によると、ドノヒューはハーランドのオンサイドが確認された後、「アタッキング・フェーズ(APP)」全体のチェックを開始したが、その視点はあくまでも「フェルナンデスがボールに触れたかどうか」の確認に終始していた。
音声では次のやりとりが確認できる。
- VAR(ドノヒュー): 「ハーランドへのオフサイド判定のオンフィールド決定をチェックしている」
- ハーランドのオンサイドが確認された後、主審マイケル・オリバーへ: 「マイケル、ハーランドはオンサイドだ。だが今からフルAPPをチェックする必要がある」
- 「ハーランドは明らかにオンサイドだ。最初から最後まで流せ」
この音声が示すのは、VARチームの意識が終始ハーランドに向いており、フェルナンデスがプレーに介入しているかどうかという別の視点が完全に欠落していた事実だ。ウェッブはこれを「トンネルビジョン(視野狭窄)」と表現し、「私は本当にがっかりしている。担当官自身も傷ついている。彼らは国際ブレイク明けまで担当から外れる」と述べた。(BBC Sport)
ユナイテッド側の憤慨とリサンドロ・マルティネスの動き
リサンドロ・マルティネスがもともとハーランドをマークしていたが、フェルナンデスへのボールに反応して動いたことで、結果的にハーランドをフリーにしてしまった。この一連の動きがVARの「ハーランドの最終的なゴール」という焦点への集中をさらに強めた可能性がある。
ウェイン・ルーニーはBBCのマッチ・オブ・ザ・デイで「フェルナンデスがオフサイドポジションにいると認識できないとは、サッカーを少しでもやったことがある人間には理解不能だ。あれほど明らかなミスを犯すのは信じられない」と強く批判した。(BBC Sport)
なおシティはこの試合でフィル・フォーデンが前半23分に退場処分を受け10人で戦い、それでも1-0で勝利し今季リーグ4戦全勝を維持した。(BBC Sport)
戦術的考察
今回の問題は単なる誤審を超え、VARの運用プロセスそのものに内在する構造的欠陥を露呈している。「オフサイドのVARチェック」が開始されると、システムとしてまずハーランドのポジションを確認することが最優先課題となった。半自動オフサイドテクノロジー(SAOT)がハーランドを「3センチオンサイド」と算出した時点で、VARチームの心理的な「解決」が生まれてしまったと考えられる。
問題はそこから先だ。APPチェックに移行した際、本来ならばフェルナンデスがオフサイドポジションから「プレーに介入(interfering with play)」していたかどうかを独立した視点で評価しなければならなかった。しかしVARチームの意識はあくまでも「フェルナンデスがボールに触れたか」という一点に絞られ、「フェルナンデス自体がオフサイドか」という問いを立てることすらしなかった。
リサンドロ・マルティネスがフェルナンデスに引き付けられてポジションを変えたことは、フェルナンデスが「対戦相手の動きに影響を与えた」ことを示す証拠でもある。攻撃フェーズ全体を多角的に評価するためのAPPチェックが、実質的にハーランドに対する「オフサイドかどうか」の一点集中チェックに矮小化されていた。今季開幕時に「チェックの効率化」を奨励したことが、かえってVARチームの視野を狭めた可能性も否定できない。
数字で読む
- ハーランドのゴールはSAOTによってオンサイドとの差がわずか3センチと測定された
- シティはこの試合でフォーデンの退場後10人で戦い、それでも1-0勝利
- シティはここまでリーグ4戦全勝という完璧な成績を維持
- VAR交信記録では、AVAR(アントロバス)のコメントは1回のみという極端な偏りが確認された
- 判定ミスを受け、担当VARコンビは今週末の全プレミアリーグ試合から排除
3センチという数字が持つ意味は大きい。これほど僅差のオフサイド判定だったからこそ、VARチームの意識がハーランドの動向に全集中してしまった心理的背景は理解できなくもない。しかし同時に、それが別のオフサイド要件(フェルナンデスの存在)への注意を完全に失わせたことは、VARがあっても人間の認知バイアスは排除できないという現実を突きつけている。
編集部の見解
これはプロ・レフとVARシステム全体にとって、今季最大の危機だ。問題の深刻さは「担当者が外される」という処分の重さにも表れているが、それ以上に看過できないのは「プロセスの失敗」である点だ。ウェッブが「トンネルビジョン」と名付けたこの現象は、属人的な不注意ではなく、チェックの優先順位付けと意識の向け方に構造的な問題があることを示している。
マンチェスター・ユナイテッドが被ったダメージは試合の勝ち点3にとどまらない。10人のシティに敗れたという事実はもちろん、試合後にその敗戦がVARミスによって正当化されたと分かった精神的打撃は計り知れない。ただ謝罪して担当者を外すだけでは不十分だ。プロ・レフは「なぜAPPチェックでフェルナンデス自身のオフサイドという観点が自動的に検討されなかったのか」という手順上の問題を根本から見直す義務がある。今季初回の「マイクド・アップ」でこの音声を公開したことは透明性という観点では評価できるが、それは事後の説明であり、再発を防ぐ仕組みの改革こそが求められる。
今後の注目点
最初に確認すべきは国際ブレイク明け最初のプレミアリーグ節でのVAR運用だ。ドノヒューとアントロバスが復帰するのか、それとも長期的に担当を外れ続けるのかはプロ・レフの判断次第だが、その行方はVARに対する外部の評価を大きく左右する。
次に注目すべきはプロ・レフが具体的な手順改革を発表するかどうかだ。APPチェックを開始する際に「全選手のオフサイドポジションを独立して評価するチェックリスト」を義務化するなど、具体的な変更措置が取られるかが問われる。「マイクド・アップ」の音声公開という透明性は一歩前進だが、ウェッブへの信任そのものを問う声もファンや関係者の間で高まっており、プレミアリーグとしての見解表明が求められる場面も来るかもしれない。そしてユナイテッドがこの件について正式な抗議や補償を求める動きに出るかどうかも、今後の焦点のひとつとなる。
情報源
- VAR did not even consider if Fernandez was offside – Webb – BBC Sport
- No weekend game for Manchester derby VAR officials – BBC Sport
- Pro Ref chief Howard Webb admits VAR had ‘tunnel vision’ on Erling Haaland leading to Enzo Fernandez error – Sky Sports
- Erling Haaland goal controversy explained after Howard Webb admits VAR error – but is an apology enough? – Sky Sports